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Japanese Dream
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2026-10-09

Fukuoka has two forms where your textbook has one

教科書が1つで済ませているところを、福岡は2つに分けている

習った日本語では言い方が1つしかないところを、福岡は2つに分けています。しかもこれは、崩した言い方ではなく文法です。

雨で考えてみます。標準語の「雨が降っている」は、次のどちらにも使えます。

今まさに雨が降っている。

雨はもう降り終わって、道が濡れている。

同じ言葉で両方です。どちらなのかは、そのたびに前後から判断しています。

福岡では、これが別の文になります。

「雨が降りよる」。降っている最中です。見ている目の前で進んでいます。

「雨が降っとう」。降り終わったあとです。残ったものを見ている状態です。

「よる」はまだ動いているほう。「とう」はもう終わったほう。福岡では「とう」を一日中耳にします。「知っとう」は知っている、「取っとう」は取ってある、です。

これは崩した言い方ではありません。標準語が区別しないところを、こちら側が区別しているというだけのことです。

ここが面白いところです。英語はもともと is falling と has fallen で同じ区別をしています。日本語の授業でそれを手放して、両方を「〜ている」に押し込めさせられたわけです。福岡では話が違います。

1週間、「よる」と「とう」だけ耳で追ってみてください。違いが聞こえるようになります。

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© 2026 Yoshi Takada · Fukuoka, Japan