それからチームでもプライベートでもバスケを続けてきましたが、2014年、プレー中に相手のファウルで床に手をつき左前腕を完全骨折。すぐに手術をして腕にプレートを2本入れました。数年後、医師の判断でプレートを外したのですが、その後野球で盗塁をした際にまたしても同じ箇所を同じように骨折。再手術となり、今度は一方の骨にプレート、もう一方には肘からロッドを入れる方針でした。
ところが時間が経っても腕の違和感が消えない。UCLAの専門医を訪ねたところ、ロッドの角度の影響で骨が完全にはくっついていないことが判明。そこで三度目の手術を受け、ロッドを外してプレートに付け替えました。
2014年3月と2016年3月 ── 同じ場所を二度骨折試練は、腕だけでは終わりませんでした。腕の手術が一段落した後も、腰痛、肩、股関節、坐骨神経痛。問題は次から次へと現れました。ひとつを必死に治して体がようやく安定したと思うと、また別の場所に問題が起きる。その繰り返しです。そして日本に戻ってきた後、今度は膝の半月板を負傷しました。これが今のところ一番新しい試練で、ようやく少しずつ回復し始めたのが、まさに今このタイミングです。
膝(半月板)のMRI何度も手術やリハビリを重ねるたび、心身ともにどん底まで落ちました。でも私には「ピンチをチャンスに変える」というモットーがあります。大切なのは倒れないことではなく、何度でも立ち上がること。そのたびに私はリハビリとトレーニングを地道に積み重ね、やがてダンクに挑むようになっていきました。身長は約172cm。ダンクには決して恵まれたサイズではありません。だからこそ、大きな怪我と手術を何度も乗り越えてダンクを決めることには、誰かを勇気づける意味があると思っています。
人生にはさまざまな逆境があります。日本でビジネスを成功させることも、キャリアを追い求めることも、日本語を学ぶことも同じです。一気にレベルアップしたり、いきなり成功したりすることはありません。少しずつ、一つずつの積み重ね。それが形になって現れたとき、初めて成果がわかる。ダンクマンヨシのプロジェクトはその生き方そのものと重なっています。
どんなにハードルが高く見えても、いつか形になると信じて地道に努力を重ねれば、必ず前に進める。私はそう信じています。この経験を活かして、日本語やキャリアのサポートに加えて、トレーニングのサポートもしていきたいと思っています。