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Japanese Dream
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2026-09-03

「台湾出身の日本人です」二つの言葉を持って育った人の話

"I'm Japanese, from Taiwan": growing up with two first languages

理恵子さんは台湾の南、台南の出身だ。

家では日本語を話していた。一歩外に出れば中国語だった。夏休みになると、日本のおばあちゃんの家に来て過ごしていた。

中国語を勉強した記憶があるのは、幼稚園に上がってからだという。それまでは日本語だった。その後も、お父さんとは日本語、お母さんとは中国語。二つを持ったまま大人になった。

一番聞きたかったことを聞いた。考えごとをするとき、頭の中はどちらの言葉ですか。

「計算は中国語です。慣れている方なので」

考えごとの方は、どちらもあるという。日本語のときもあるし、中国語のときもある。決まっていない。

ただ、自分で選んでいないときの話も出てきた。台湾で酔っ払って、タクシーの運転手さんに日本語で話しかけていた記憶があるそうだ。

台湾にいるときと日本にいるときで、自分は変わるか。台湾にいるときは、もう少しまっすぐな気持ちでいる気がする、と返ってきた。

日本は敬語のある国だ。だから、言い方も、人との接し方も、自然と変わってくる。

言葉は、伝えるための道具というだけではないのかもしれない。その人の考え方や、振る舞いまで変えていく。

見た目の話も聞いた。小さいころは「日本人っぽいね」と言われた。大人になってからは、特に言われない。台湾も日本も同じアジアだから、見ただけでは分からない。福岡でも、基本的にはばれない。

二つあって得したことは何ですか。

台湾のお店で、家族と日本語で話していると、店員さんに「日本の方なんですね」と声をかけられることがある。そういうとき、たまにサービスしてもらえる。

逆に、面倒だったことは。少し間があって、戦争の話になった。

学校で、意地の悪い友達にいじられた記憶がある。ただ、こたえたのはそこではなかった。

「先生が、戦争のとき日本人はすごく悪いことをした、日本人はすごく悪いんですよって言った瞬間に、周りからすごく嫌な目線が来るんです」

そのとき、仲間外れにされた気持ちになる。なんで自分は日本人なんだろう、と思う。

どこの人ですか、と聞かれたら何と答えているのか。

出身は台湾で、名前は日本人。だからまず、台南の出身だと言う。そのうえで、こう名乗るそうだ。

「台湾出身の日本人です」

日本語で苦労している人を見て、何か感じることはあるか。

みんなすごく頑張っているのは分かる、と言う。台湾から来ると、敬語と動詞の変化が特に難しい。ニュアンスも難しい。それでも、一番早い方法は決まっていると思っている。現地の友達を作って、一緒に遊んで、喋ること。

福岡で良いと思うのは、街の落ち着きだという。博多も観光地で人は多い。それでも、大阪にいたときと比べると、栄えているのに落ち着いている。そこがとても好きだ。

恋しいのは台湾の食べ物。福岡ではなかなか同じ味に出会えない。漢方の風味が苦手な日本の人は多いので、そこが残ってしまう。

いま台湾から九州を見ている人は多い。熊本のTSMCの話もある。福岡に来ようか迷っている人へ、一言もらった。

「とりあえず出発して、現地まで着いてください。好きかどうかは、そこから考えることだと思います」

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© 2026 Yoshi Takada · Fukuoka, Japan